2019年11月に亡くなった私の父のこと。
父はお酒が好きで、おおらかな人で私も妹も怒られた記憶がありません。
職人でしたが、勤勉とはほど遠く、経済的には苦しくて、お葬式代ももちろん遺していません。
亡くなったとき、私と妹が心配したのはお葬式代という情けなさ
経済的に負担の少ない、家族葬という選択肢もありましたが、最後の親孝行にと一般葬で送りました。
すると、父を偲んで予想以上にたくさんの友人、仕事仲間、親戚、地域の方に参列いただけたのです。
なかには男泣きで別れを惜しんでくださる方もいて、本当に驚きました。
思えば、父は気さくで人懐っこく、人の悪口は言わない人でした。
お酒や遊びも好きでしたから、人間関係が豊かだったのでしょう。
そして、参列者からのご香典を計算すると、嘘のようにお葬式代ぴったりだったのです。
父はお金は遺さなかったけど、「人」を遺してくれました。
幸せな人生だったと思います。
百か日の非ときご住職からいただいた法話に詩がありました。
「忙しい 忙しいと ”特急”人生
途中は みんな 通過 通過
そして 中身は からっぽ」
父は、各駅停車の「鈍行」人生。
脱線したり、景色を見たり。
旅は道連れでどんどん仲間が増えて、最後は、たくさんの方に見送られて終わった。
そういう人生もありだなあと改めて思います。