「アンチ・アンチエイジング」という言葉に出会って
社会学者・上野千鶴子さんの著書『アンチ・アンチエイジングの思想――ボーヴォワール『老い』を読む』(みすず書房、2025年)を読みました。
正直に言うと、私には少し難しい本でした。
哲学的な議論も多く、すべてを理解できたとは言えません。
でも、「アンチ・アンチエイジング」という言葉には、強く共感しました。
「まさしく、私が感じていたことだ!」
そう思ったのです。
世の中は、アンチエイジングブームです。
シワを減らす、白髪を隠す、若々しい身体を保つ、老化を遅らせる。
美容や健康のために努力することは、決して悪いことではありません。
私自身、身体を動かすことや、日々のケアは大切だと思っています。
でも、老化はそんなに悪いことなのでしょうか。
どれだけ努力しても、人は年を取ります。
そして、いつかは死を迎えます。
不老不死はありません。
それなのに、老化をまるで克服すべき敵のように扱う風潮に、私は以前から違和感がありました。
健康であることが、義務になっていないでしょうか

アンチエイジングの考え方が行きすぎると、老化だけでなく、病気になることさえ受け入れられなくなるのではないでしょうか。
健康のために、食事に気を配る。
運動をする。
睡眠を十分に取る。
もちろん、どれも大切なことです。
でも、どんなに健康に気をつけていても、病気になることはあります。
がんもそうです。
生活習慣が発症リスクに関係する病気はありますが、それだけですべてが決まるわけではありません。
それなのに、病気になった人に対して、
「何か原因があったのでは?」
「もっと気をつけていればよかったのでは?」
そんな目が向けられることがあります。
健康でいることが努力の成果だと考えられすぎると、病気になったことまで本人の責任にされかねません。
私は、そこに怖さを感じます。
健康を大切にすることと、健康な人ほど価値があると考えることは、まったく違います。
健康であることや身体能力の高さによって、人間の価値に優劣をつけるようになれば、優生思想にも通じる危険があります。
健康でなくなったら、その人の価値は下がるのでしょうか。
そんなはずはありません。
健康であることは望ましいことかもしれません。
でも、健康であることだけが、幸せの条件ではないはずです。
妊娠して初めて知った、思いどおりにならない身体
私自身、妊娠したときに、それまでとは違う身体で暮らす大変さを知りました。
妊娠は病気ではありません。
でも、身体は自分の思いどおりにはなりません。
それまで普通にできていたことが難しくなったり、疲れやすくなったり、周囲の助けが必要になったりします。
自分の意思や努力だけでは、どうにもならないことがある。
私はそのとき、ままならない身体を持って暮らすことの大変さを実感しました。
自分自身が病気を経験したこともあります。
健康なときには当たり前だったことが、当たり前ではなくなる。
そうした経験を通して、病気や障害のある方、高齢者の方が感じている不自由さについて、以前より想像できるようになったと思います。
もちろん、経験したからといって、ほかの人の苦しみがすべてわかるわけではありません。
でも、自分の身体が思いどおりにならない経験は、他者の不自由さを想像するきっかけになるのではないでしょうか。
誰もが、いつか支えられる側になる

若い頃は、自分が年を取ることを、なかなか実感できません。
元気に働き、自由に出かけ、好きなことをする。
それがずっと続くような気がします。
でも、人は年齢を重ねます。
病気になることもあれば、身体に障害が残ることもあります。
介護が必要になるかもしれません。
老い方は人それぞれですが、誰もが身体の衰えや不自由さを経験する可能性を持っています。
それは、人間として特別なことではありません。
それなのに、世の中はいつまでも若く、健康で、自立していることを理想としすぎているように感じます。
人の助けを借りることが、どこか情けないことのように扱われてはいないでしょうか。
ずっと元気だった人ほど、自分が弱くなることを怖く感じる場合もあるかもしれません。
でも、人は本来、一人ですべてをこなして生きているわけではありません。
子どもの頃は大人に助けられ、病気のときには誰かに支えられ、年齢を重ねればまた助けが必要になることもある。
支える側にも、支えられる側にもなる。それが人間の暮らしなのだと思います。
そして、誰かの助けを必要とすることは、決して恥ずかしいことではありません。
老化を受け入れることは、諦めることではない
私は、アンチエイジングをすべて否定したいわけではありません。
健康で長く暮らしたいと思うことは自然です。
美容を楽しむことも、運動を続けることも、身体のケアをすることも素敵なことです。
ただ、それが「老いてはいけない」「病気になってはいけない」という考え方になってしまうと、生きることが苦しくなる気がします。
老化を受け入れることは、健康を諦めることではありません。
病気を受け入れることも、治療や回復への希望を捨てることではありません。
今の身体を認めながら、できることを続ける。
できなくなったことがあれば、別の方法を探す。
必要なら、人の手を借りる。
そんな生き方があってもいいのではないでしょうか。
若さを保つ努力も大切ですが、年齢を重ねた自分を認めることも、同じくらい大切だと思います。
弱くなっても、安心して生きられる社会であってほしい
上野千鶴子さんの本を読んで、改めて考えたことがあります。
私たちは、健康で長生きするための方法をたくさん学んでいます。
でも、健康でなくなったときにどう生きるかについては、あまり考える機会がないように感じます。
誰もが年を取ります。
病気になることもあります。
それは、人生の失敗ではありません。
若さや健康を失っても、その人が積み重ねてきた人生の価値は変わりません。
健康な人だけが幸せになれる社会ではなく、病気や障害があっても、自分らしく暮らせる社会であってほしい。
そして、自分が誰かの助けを必要とするようになったときにも、それを恥ずかしいと思わずにいられたら。
老いることを恐れるのは、自然なことだと思います。
病気になるのが怖いのも、当たり前です。
無理に前向きになる必要も、すぐに受け入れる必要もありません。
ただ、老いや病気を否定しなくてもいい。
弱くなった自分を、責めなくてもいい。
そんな社会であれば、年齢を重ねることも、もう少し穏やかに受け入れられるのではないでしょうか。
老いることも、病気になることも、人生の一部。
健康であることだけを幸せの条件にせず、変わっていく自分を大切にする。
私にとって「アンチ・アンチエイジング」とは、そんな生き方を考えるきっかけになる言葉でした。
この文章を書くきっかけになった本
上野千鶴子 著
『アンチ・アンチエイジングの思想――ボーヴォワール『老い』を読む』
みすず書房、2025年
本書を読んだことをきっかけに、私自身の経験や、老化と健康について感じてきたことを綴りました。
※本記事は書籍の内容を詳しく解説するものではありません。
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